「信長の野望・天道」連載(第1回)リアルさか遊びやすさか。「信長の野望」の課題は?

9月12日20時6分配信 ITmedia Gamez
 ストラテジーゲームの代名詞「信長の野望」のシリーズ最新作が発売される。今回はそれを記念して、歴代の「信長の野望」を振り返ってみたいと思う。

●「信長の野望」の誕生
 PCゲーム黎明期から連綿と続くロングセラーであり、日本のPCストラテジーゲームシーンをまさに創ってきた作品の一つと評すべきなのが、コーエーの「信長の野望」シリーズだ。初代「信長の野望」が登場したのは、実に1983年のことである。織田、武田、上杉、北条といった主要大名家が、本州中央部 17カ国の支配をめぐって争うこのゲームが、日本のコンピュータゲーム市場にストラテジーというジャンルを確立した主な功労者であることは間違いない。

 それ以前に存在した、例えば太平洋戦争における海戦を扱ったカセットテープベースのストラテジーゲームなどは、ほとんどシリーズ展開を広げることなく終わっている。若い読者諸子にはあまり想像できないかもしれないが、HDD(ハードディスク)が"発明"されるずっと前に、パソコン/マイコンの記憶媒体がカセットテープだった時代というものがあったのである。「信長の野望」シリーズは、そんな時代(のちょっとだけ後)から続く長い歴史を誇り、営々と進化を続けてきたシリーズなのだ。

●武将ゲームになったのは第3作「戦国群雄伝」から
 そこから二十数年、10作以上の世代を重ねて現在も続く「信長の野望」シリーズは、PCの性能向上を反映しつつ進化を続けてきた。1986年に登場した「信長の野望・ ―全国版―」は、名前のとおりマップを本州、四国、九州全域に広げ、ご当地大名でのプレイを可能にした作品だ。もっとも当時のゲーマーにとっては、このゲームが最初に登場したプラットフォームであるNEC PC-9801シリーズそのものが憧れの対象だった気もする。「方言モード」をオンにして「今年は豊作だぎゃあ」といったシステムメッセージを楽しんでいた人、シャープのX68000版で一揆を起こされて「もう我慢できねえ!」というボイスに驚いた人など、それぞれにとって思い出深い作品に違いない。

 そして2年後の1988年には「信長の野望・戦国群雄伝」が登場する。この作品については、大名配下の武将達、各国の主城がそれぞれ再現され、グラフィックス面で大きくリッチになったことが印象深い。野戦に勝ったあとの攻城戦段階では、主要な城の城門と外郭構造(二の丸とか馬防柵とか)がマップで再現されている。そこでは正攻法で城門を破るのみならず、足軽隊の「行動力」を溜めて城壁を乗り越えさせるといった形で、武将達の能力を活かせる場面が用意されていた。......服部半蔵やら百地一族やらといった忍者部隊が郭内に潜入し、門を内側から開くというギミックがあって、これがたいへん痛快もしくは凶悪だったことを鮮明に憶えている。

●第4作「武将風雲録」からは茶器など文化要素が
 1990年発売の「信長の野望・武将風雲録」から導入されたのが、名馬/名刀や茶器といった、多大なボーナス効果があったりなかったりするアイテムの概念。普通のゲーム攻略を十分に楽しんだプレイヤーが、領国拡大そっちのけで茶器の名品を集めたりする、ある意味戦国時代らしく、また「信長の野望」シリーズらしい風景が展開されるようになったのはこの作品からである。「小茄子」茶器とか「平蜘蛛」の茶釜とかが、欲しかったなあ。茶釜と一緒に爆死したいかはともかくとして。

 1992年に登場した「信長の野望・覇王伝」はシリーズで初めて、マップを国単位のエリア制でなく城単位のポイント・トゥ・ポイント制に改めると同時に、家臣に知行地や官位を与えたり、偏諱(主君の名前の一文字を拝領すること)を許したりといったシステムを加え、中世/戦国時代を社会システムのレベルで再現しようと試みた作品だ。続く 1994年の「信長の野望天翔記」では、マップに設定された城の数が一国あたりだいたい5~6カ所と、「覇王伝」よりも増えている。一方武将を核とした社会システム再現については逆に、「宿老」から「足軽頭」にいたる大名家の家内身分を設定することで、シンプルに整理された。この家内身分ルールは、本作で充実した武将の「特技」と並んで、以降のシリーズ作品に受け継がれていく。

 1997年に登場した「信長の野望・将星録」では、ポイント・トゥ・ポイント制のマップデザインから大きく方向転換し、日本全土を町場や各種地形からなる1枚のマップに収め、戦闘の発生も各種開発もそのマップ上に統合した。ゲーム全体はいわば、実在地形に基づく箱庭ゲームとして設計されており、武将とその配下の軍勢が、このマップ上をリアルタイムで移動し、戦闘が生じた場合、その地形に応じた専用マップに処理が移る。戦闘そのものは「天翔記」以来の流れを受け継ぎつつ発展させたものだ。武将の「特技」はさらに洗練され、武田信玄を追い詰めて討ち取ったと思ったら「影武者」で、ご本尊はあらためて別の部隊から登場などという、講談物的ケレン味に溢れたプレイ体験を、忘れられない人も多いのではないだろうか? また、1999年に発売された「信長の野望烈風伝」は、この「将星録」の方向性を受け継いだ作品である。

●「嵐世記」からリアルタイム戦闘&開発シムへ
 RTS(リアルタイムストラテジー)の世界的な流行を受けてか、2001年発売の「信長の野望嵐世記」以降、「信長の野望」シリーズの戦闘もリアルタイム制の時代に入って、以降の作品はすべてリアルタイム戦闘となる。また、忍者集団や商人集団、各国の国人勢力や寺社勢力の活動が本格的に取り入れられたのも「嵐世記」が初めてであり、いろいろ議論があったものの、ターニングポイントとしての意義は大きかった。

 言葉にすると同じくリアルタイム戦闘ではあるが、野戦に「前線」と「後詰」の概念を持たせ、部隊のローテーションと投入タイミングに力点を置いていたのが「信長の野望蒼天録」(2002年)の野戦ルールである。この作品では再び一続きの全国マップが採用されたほか、大名配下の城主クラス武将としてもプレイできるのが大きな特徴だった。うかうかしていると(あるいは意図的に防備を薄くしておくと)自分の持ち城が何度も攻め落とされ、そのたび主家が替わる(つまり、ある程度わざと替えたりもできる)という、他作品では体験できない不思議な展開が楽しめたものだ。

 「嵐世記」のものをさらに発展させた、広いマップでのRTS戦闘を採用したのが「信長の野望・天下創世」(2003年)で、この作品の内政要素はいわば、3D描画の箱庭シムになった。ひとたび敵に攻め込まれるや、自分で計画し開発した城下町の地形がそのまま戦場になるという"ゲームとしての分かりやすさ"が、一つの魅力でもあった。町を発展させることで城が大きくなっていくというアイデアは、藤木久志氏の北条氏研究あたりをヒントにしたギミックかもしれない。戦国後期に見られる、城郭の惣構(そうがまえ)が拡大していく傾向は現在、地域住民の避難場所を兼ねたためだと解釈されている。

 そして直近の作品である「信長の野望・革新」(2005年)は、3Dグラフィックスの全国1枚マップ上で城下町の開発と戦闘をリアルタイムに行えるシステムとなった。また土地開発の目標、終着点として経済発展のほかに、技術開発要素が取り入れられたことが作品名の由来で、大名家間で技術の供与や交換ができるほか、南蛮人と親交を深めることで新技術を導入できたりもする。新しい武器や戦術、生産技術といった側面でも、他大名と競争できるゲームとなったのである。

●あえてプレイしやすさを重視する「信長の野望・ 天道」
 シリーズの歩みをざっと振り返ってみたが、その時々に応じた試行錯誤を含みつつも、プレイ要素が世代を追って拡充されていった経緯が分かると思う。結果として、新しい作品ほど戦国時代のさまざまな要素を楽しめるようになったものの、それはプレイに手間と時間がかかるということでもある。ストラテジーゲームの本質は広い意味での「陣取り」であって、その「陣」やら「部隊」やらを細かく描いていけば、たとえ同じ方向のゲーム性であっても、プレイの手間が増えるのは当然だ。ストラテジーゲームらしい楽しみを、いかにリッチかつ手軽なプレイで実現できるように設計するかが、「信長の野望」シリーズの次なる課題といえよう。

 そうした課題に対するコーエーの解答が、9月18日に発売される最新作「信長の野望・天道」ということになる。「天道」は、シリーズ歴代作品が積み上げてきた戦争と内政の構成要素を引き継ぎつつも、その両者を有機的に繋げるファクターである「街道」に着目して、全体のシステムを組み直した意欲作だ。個別の操作以上に計画性を問い、ディテール表現よりも根幹のシステムに力を注いだ作品となりそうな「天道」については、次回以降詳しく解説していこう。

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